「素敵な二者択一」


 チヅルが拾ってきたゴシップ誌に見慣れた文字を見つけた。受け取るとチヅルは笑って、ここにジュースこぼしたらぐしょぐしょになっちゃったんだよ、ごめんね、と言った。丁寧に広げて乾かしたのだが記事の内容が読めるまでには回復しなかった。ただ題名だけは読み取れる。「桜条透子、世紀の大脱走」。隣の記事は「頭が三つある赤ちゃんが生まれる」「UFOが死体をさらった?」。

 世界七不思議みたいな存在だと思っていて、テレビでもその存在を見掛けないと思っていたらこんな所に登場していたのだ。ものすごいものと同格になっている。トヲコさんの事を大衆が言えば大悪党だから、消息不明の変人扱いでもちっとも構わないんだけれど。

 でも何故か、トヲコさんが他人に悪く言われると頭の奥がぼんやりと痛むのは、あの人がほんとうは悪い人でも善い人でも何でもないことを知っているからなのか、それともトヲコさんに深く関与し過ぎているのか、それとも未だ俺が人間であることの証明なのかと悩んでしまったりすると、痛みの影に仄かな安心が宿っている事を気付かされる気がする。あやうい所で生きていると、たった一瞬の安心さえ疑ってしまうのだが、大体トヲコさんを疑ったところで何も得やしないのだから無駄な労苦と割り切るのが楽なのだ。

 ゴシップ誌を見ながら秋彦に聞いてみた。

「トヲコさんが好きなのかな?」

 そしたら秋彦は真顔で振り返り、至極最もな台詞を吐いた。

「英雄か悪党にしかなれない女だ」

 いつも颯爽と現れては難題を突き付け、風よりも素早く消えていくトヲコさんは、状況によって様々な呼び方をされる。結局、必要としていたのだろう。時宜に応じて英雄だったり悪党だったり、それはこちらが必要としていたものにトヲコさんがふさわしく適応していただけであって。

「まあ、三十路超えがストライクゾーンなら別だけどな。あと住所不定で無職」
「秋彦も住所不定になっちゃったね」
「うるせえ」

 ごうごうと揺らめく炎がきれいだと言えるのは他人事の場合のみで、実際自分に火の粉が降りかかってみるとそうは言っていられない。まず考えるのはこれから先の衣食住の心配で、服は殆ど灰になっていそうなので次に食。兎にも角にも金銭の心配をしなければならず、衣食住全てに金が必要な事を考えると、根元は全て金、金、金。ATMで残高照会すれば絶望の三桁がお目見えだ。

 我らが誇る最高の主夫は深夜の来訪者にも関わらずいつもの無表情で迎え入れ、冷蔵庫の粗末な残りもので腹を満たせるご馳走をたらふく食わせてくれる。何かくれと言えばヨーグルトを差し出す女とはえらい違いだ。



(09/07/05)