「葬儀屋の言い訳」


 一般的に悪と呼ばれる存在は単純でなければならない。悪の権化ともなれば単純明快で一目で分かるような存在であればいい。もしも善と悪が複雑怪奇な代物であれば人々は混乱し、忽ち規律を乱してしまうだろう。法と秩序を守るために悪が必要だと誰も口にしないが周知の事実だ。

 悪の組織というぼんやりとした対象よりも、悪イコール桜条透子とした方が随分と分かり易く、随分と追い詰め易い。組織だなんだと決めつけにくいものを悪にしてしまうと、境界線がはっきりしない。ところが桜条透子を悪にすれば、人々は桜条透子の名を聞いただけで悪だと判断し、彼女の遣る事為す事をすべて悪だと認識する。何か起これば桜条透子の仕業だと思えるし、元が分かれば然程脅威でもなくなる。

 犯罪の裏には全て桜条透子が関与しており、桜条透子を捕まえようとする人に称賛の言葉を投げかけた。メディアは挙って桜条透子の悪行をこれでもかという程過剰放送し、悪だと捲し立てた。世紀の大悪党はしたり顔で街を闊歩し、彼女の歩いた跡には死体が詰まれるという。

 先日面白い記事を見つけたよ。数分後には差し止められて焼却されてしまったけれど、桜条透子の功績を称えるものだった。データすら抹消されてしまったし、記事を書いた人間も行方不明になってしまったし、覚えていると知れたら大変な事になりそうだ。ここまで徹底的に情報操作が行われている事を民間人が知ったら、保証されている筈の言論の自由に対して疑問が投げかけられるだろうけれど、知る余地もないだろうし。

 実際にはどうって? 桜条透子が?
 悪党だよ。もしくは悪魔とか、そういう類。少なくともあれは人間ではないね。賢い獣とか、醜い神とか、まあ、言うなれば悪そのもの。

 文句ひとつ言わずに虚像を受け入れている時点で、少なくとも桜条透子にはその資質があるみたいだし、良いんじゃないかな、お手軽に悪の大将が見い出せて。別に桜条透子は絶対的なヒーローでもないみたいだし、どちらかと言えば悪の親玉気質。本当に色々手を染めているし、おまけに相当しぶといから中々死なないだろうし、後数年は悪の権化としてやっていけると思うよ。

 これから私は罪を犯すけれど、どれもこれも桜条透子の差し金という言い訳で逃げるつもりだよ。それがどれだけ法の目を掻い潜る事になろうとも、先に悪を見つけて好い塩梅にしているのは君たちなのだから文句は言わないでほしいね。



(09/08/25)